LIBER USUALIS
第1話 ひげ — 後編
「ラルネーイ?」
芸術の国アレマニー。ラティアは、奇抜なデザインだがどこかクラシックな喫茶店に飛び込んだ。
アレマニーの主人格、ラルネイの居城である。
奇妙な造形のランプがたくさん揺れる店内を見回すと、ラルネイはおらず、代わりに別の存在が隅の席に座り、手帳に何かを書き込んでいた。
「あれ、アリースィアだ、めずらし。ラルネイは?」
「おはようございます、ラティア。ラルネイは中央図書館ですね。読みたい資料があると相談したら、持ってきていただけるそうです」
そう言いながらアリースィアはディアメラ産のコーヒーに口をつけた。
ラティアは、何となくアリースィアのことが苦手である。何を考えているか、あんまりわからないから。
この間も、陰気で内向的でネットリした本を書いて見せてきた。気味が悪かったので気味が悪そうな顔をしたら、なんか傷ついた顔をして帰っていった。訳がわからない。
でも、ラティアはそんな過去を気にするような心の狭い存在ではない。
過去がどうであろうと、人って変われるのだ!
というわけでラティアは、ロガンの時からさらに長くなった鬚を撫でて、宣言した。
「どう?見てこれ。かっこいいでしょ?」
アリースィアは床まで伸びた毛の束を見る。先端部はゆっくりとうねうねと動いている。そして、それがラティアの顔から発生しているのを確認すると、困ったように笑った。
案の定である。
「何?言いたいことがあるなら言ってよ」
「えーっと、唐突に人外アピされても反応に困ると言いますか」
「人外アピ?」
「いえ、失礼なのは承知なのですが、私の知る人間には口から毛の生えた奇特な者はいなかったので」
「え、老師は?」
「そう言えば何か顎につけていらっしゃいましたね?」
「それでしょ。なんだと思ってたの」
「顎がお寒いのかなと」
「……」
ガチャリと音がした。
振り返ると、喫茶店の入り口に本を抱えたラルネイが立っている。
ラティアは嬉しくなって手を振った。だって、何を考えているよくわからないアリースィアより、はるかに話が通じそうだもの。
「ラールネーイ!」
「おや、来てたんですか」
「うん。見てよラルネイ。老師みたいでかっこいいでしょ!」
ラティアは自慢げに髭を撫でる。
グレーの髭は、ついには何やらアンティークのような、厳かな鈍い光を発して輝き始めていた。
ラルネイはふむ、とあごに手を当てる。
そして、しばらく感想を真面目に考えてから、ニヤニヤと揶揄うように笑った。
「バルバエ、テヌス、サピエンテース」
「何て?」
「あご髭までは賢者」
「……」
ラティアは時々、世に分かり合える人はいないのではないかという気分になることがある。
初出 2025年 調性で音楽を楽しむ日 投稿作品